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めるノート

へっぽこWebエンジニアが地団駄を踏んでいる日誌

落ち込んでいたときのこと

週末に、オーケストラの先輩が出演している演奏会を聴きにいってきました。

セビリアの理髪師シューマン1番、レオノーレ序曲、どれも思い入れのある曲でした。中でもシューマンの春は、ほんとうに。

まだ普通の女子大生だった大学1年生の秋、この曲でクラリネット同期の中で最も早く代吹き(代打)が回ってきました。

その日から3年生が終わるまで、わたしはオーケストラのど真ん中で、素敵なことも、悲しいこともすべて、ただただ必死で駆け抜けていたような気がします。

もちろん辛かったことも事実で、戻りたいとは思いませんし、その頃が最高だとは思いませんが、あの風を切るような感覚、今でも忘れられません。

けれど、3年生の後半あたりから風を切って駆け抜けるのをやめて、3年生が終わる頃にオーケストラにまつわるほぼすべてをなくして、いつのまにか、掛け持ちしていた別のコミュニティを大切にしていました。

3年捧げたすべてをなくしたのは、とてもとても悲しかったけれど、別のコミュニティでは、人は人、わたしはわたしなのだと、それでも誇りをもっていいのだと、気づかせてもらうことができました。

週末の演奏会から2〜3日、あの頃戦っていたコンプレックスやプライドを思い出してしまい、すこし、いや、かなり落ち込んでいました。

どうして何もできないんだろう?

どこから普通でなくなってしまったんだろう?

けれど、最近もう一方のコミュニティのメンバーとも会話する機会があったので、それを思い出して励まされました。普通でなくてもいいのだと。

そして、何もできないっていうけれど、よく考えてみたら、わたしは努力したことに関しては、ちゃんと結果を出してきました。

クラリネットだって、社会人になってから、たくさんの人の力を借りて、結果を出すことができました。

それより苦手で、一生無理だと思っていたことも、たくさんの人の力を借りて、結果を出すことができました。

中学最後の期末テストで首位を譲ってしまっても、周りの人たちに支えられて、一番行きたい大学にすべりこむことができました。

だから、苦手だと思っているときは、悔しくて泣きたいと思っているときは、きっとまだ結果を出すタイミングじゃないだけなんだと思うことにしました。

今は、そのときを楽しみにするだけです。